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妄想と閃きと霊感で書く日記

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村社会の功罪

古代の日本人にとって神は畏れ敬う存在であった。

これは日本列島は自然に恵まれているが、同時に災害も多い土地であったためである。

古代人にとって災害は神の祟りや怒りと考え、それを鎮めるために祭祀を行った。

特に歴代の天皇はこの祟りを恐れ、幕末の孝明天皇の代になるまで神社の社頭に立ち直接参拝することは無く、

代理人を介して参拝したり、一切参拝しない時代もあり、唯一、皇祖神の天照大御神の祭祀だけを毎年行った。

この辺りの話は、日本のタブーになってしまうのでやめておこう・・・

このように、今日の日本神道に沢山の祭祀(祭り)があるのはこの為である。

祭祀を行うに際しては、その地域の人々の結束が不可欠であった。

この結束が集団の協調性を生み、日本人が幾多の災害を今日まで乗り越えて来た原動力になったのである。

しかしながら、この強い集団の協調性は、負の側面を見せる時がある。

集団としての意思が尊重され、個人の意思が蔑ろにされてしまうのである。

この集団の意思が間違った方向に進めば大変な事態を招いてしまう。

大東亜戦争では、一歩間違えれば一億総玉砕の危機に陥った。

今回の原発事故でも放射能流出を風評被害と捉え、実害として危険視しない現地の集団の意思が強い。

人間は、集団でしか生きていくことが出来ないが、時として集団が誤った方向に進んだら、

その集団から抜け出すという選択枠も必要になってくるのかもしれない。
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